きょうだい児とは?僕は障害者の「きょうだい」です

クドウです
こんにちは

僕には自閉症を持つ2歳年上の兄がいます。
僕はきょうだい児と呼ばれる存在です。

「きょうだい児」という言葉を知ったのも最近です。

きょうだい児という言葉を知らない人のほうが多いでしょう。

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きょうだい児とは?

きょうだい児とは、

障害を持った人の兄弟姉妹

を意味します。

全然聞いたことがない言葉だと思いますし、実際に僕もこの言葉を知ったのはここ最近のことです。

僕は兄が障害者なのできょうだい児と呼ばれる存在です。
知的障害以外にも身体障害精神障害の方の兄弟姉妹も当てはまります。

障害を持った子どもが生まれたら親はその子につきっきりになります。
他に健常なきょうだいがいても障害を持つ子の方が色々と優先的になります。

でも障害のある子どもと親だけでなく実は「きょうだい」もとても大変です。

色んなきょうだい児がいる

僕も色々な悩みがありました。

障害のある兄弟姉妹がいると親はそちらに手がかかります。優先的にもなります。

これはどうしてもしょうがないことだと思います。
障害があれば手間がかかることが多いからです。
親だって人間ですから体力的にも精神的にも限界があります。

しかしその影響は障害をもつ子どもの兄弟つまりきょうだい児にも及ぼします。

下記サイトによるときょうだい児は4つのタイプに分類されるそうです。

分類されるきょうだい児
・親代わりになるきょうだい児
・優等生になるきょうだい児
・退却するきょうだい児
・行動化するきょうだい児

親代わりになるきょうだい児

同じ年齢の子に比べると兄弟姉妹に対して親の役割を担い、責任を取り、援助する度合いが高いタイプのきょうだい児です

兄弟姉妹が障害を持っていて親も大変だから自分がしっかりしなきゃいけないと思っている素晴らしい考えを持ったきょうだい児です。

親や他の人からみるときょうだい児がこういう風に育ってくれれば理想的かもしれません。
でも結局は人に尽くすことを優先的にしてしまいじぶんのやりたいことができなくなっているかもしれません。

優等生になるきょうだい児

勉強やスポーツなどの家庭外の活動に見いだして、力を発揮するきょうだい児です

障害を持っている兄弟姉妹のできないことを自分が肩代わりしてあげなくてはいけないと思っているきょうだい児です。

すばらしいですね。僕は勉強もスポーツも全然ダメでした。
県でもトップクラス(地方なので大都市に比べればレベルは落ちる)の進学校に通っていましたが常に最下位争いをしていました。

小学校のマラソン大会はもちろん下位の常連でしたし、練習の時は疲れたら途中で歩いたり、教室に帰って怒られたこともあります。

親代わりになるきょうだい児
優等生になるきょうだい児

これらは親からすれば理想だと思います。
しかし僕はそのどちらにもなれませんでした。

退却するきょうだい児

なるべく障害をもつ兄弟姉妹と関わらないようにするタイプのきょうだい児です。

まさに僕はこれにあてはまります。
中学生くらいのころから家族がどこかへ行っても自分ひとりだけ家に残ったり、別のことをしていたりしました。
僕は子どものころ障害をもつ兄を恥ずかしいと思っていましたし嫌でした。

子どものころ障害のある兄を恥ずかしいと思っていた。

2018.11.28

成人して大人になった今では笑ってふりかえることができますが当時は嫌でした。

家族で外出したら同級生や知り合いに会わないか不安でしたからね。

ましてや高校生の時は「兄弟はいません」と周囲に言っていました。
兄のことを恥ずかしいと思うことともに嘘をつき続けるという罪悪感ともたたかっていました。

あの頃は毎日がストレスでした

行動化するきょうだい児

自分の怒りや不満を行動に表していくきょうだい児です。
重荷になっていることを親に気付かせるために、行動に起こします。

これも若干あてはまる部分があります。

僕にとっては兄の存在は重荷でした。それを口にしたことはありません。

家族に対してぼろくそ色々言ったことはありますが学校で悪いことをしたり非行にはしるということはなかったです。

上2つのタイプのきょうだい児になれればそれにこしたことはなかったかもしれません。
僕は下2つの方のきょうだい児になってしまいました。

きょうだい児としての僕の人生

ここからは僕のきょうだい児としての人生を書いていきます。

兄はなんだか他の人と違う

一番最初に気が付いたのは僕が小学1年生の時だったと思います。
兄は小学3年生で一緒に毎日通っていました。

僕が通っていた小学校は集団登校が義務付けられており、班ごとに毎日通っていました。
なので僕ら兄弟以外にも近所の子供たちと一緒に毎日登校しておりました。

小学1年生だった僕からすると小学6年生は当時ものすごく大人に見えました。
小学3年生も6年生ほどではないですが大人に感じました。

毎朝、学校に行くときは兄は誰とも会話をしていませんでした。
放課後も誰か友達と遊んだりというのも全くなかったわけではないですがほぼ無いに等しかったです。

他の人と違うなというのはその時に初めて感じました。

ただ当時はまだ小学生だったので、「障害者」や「健常者」という言葉や違いついて
何もわからなかったので兄のことを気にすることはありませんでした。

授業中に騒いだり、授業を妨害するということや誰かに嫌がらせをするということはありませんでした。

僕が通っていた小学校には特別支援学級がありました。

ですが兄は特別支援学級ではありませんでした。中学校から特別支援学級に行くことになりました。

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お前のお兄ちゃんってなんか変じゃね?

同級生
お前のお兄ちゃんってなんか変じゃね?

僕が小学校5年生の時に同級生にこう言われました。

その時、兄は卒業して住んでいた学区とは異なる特別支援学級のある公立中学校に通っていました。
僕が住んでいた学区の中学校には特別支援学級がありませんでした。

僕は当時少年野球チームに所属していました。
たまに親が兄を連れて応援にくるので、僕の兄を見た同級生が色々話していたのを今でも覚えています。

同級生1
あいつおかしいよな
同級生2
頭おかしいらしいよ。だから〇〇中学(兄が通っている中学)行ってんだってさ

みたいな会話をしていたり、馬鹿にしたようなことを言われることもありました。

正直、当時は親に兄を連れてきてほしくなかったです。
親にそれを伝えたことはありませんでした。

でも今思えば親は僕の気持ちに気が付いていたと思います。
今となっては申し訳ないです。

兄のことを無意識に隠すようになっていった

僕は兄とは別の住んでいる学区の公立中学校に進学しました。
僕が住んでいた地域は中学受験をする人はほぼいなかったです。
中学受験をするとなっても受ける中学は岩手大学附属中学しかないですからね。

中学に入学すると先輩(兄の小学校の同級生)に

先輩
なんでお前のお兄ちゃん〇〇中学に行ってんだよ?お前も一緒に行かなかったの?w

なんて言われたこともあります。

自分をさらけ出すのが怖くなって中学以降は俗にいう陰キャとして
過ごしていました。

生徒会や文化祭とか学校行事には積極的に参加したことないです。
中学と高校の卒業アルバムは真っ白です。

あとは同級生同士でもふざけあって、

同級生
ウケるwマジ身障じゃんw
なんてやりとりが頻繁にあったのでとても悲しかったのを覚えています。
中学時代まで僕の周りでは「身障」という言葉は誰かを馬鹿にしたりするときに使われていました。

兄弟いるの?という質問が怖い

高校生、大学生以降はずっと兄の存在を自ら明かすことはありませんでした。
聞かれてもはぐらかしていてのを覚えています。

大学生なってからは地元を離れていたのもあって性格も開放的になりました。
ちなみに大学時代はよく海外行っていました。

兄弟いるの?
この質問をされるたびに大学生の時も社会人になった今でも緊張します。
兄は障害者ですって言ったらどんな反応するのかなあ
心のなかではこんな感じに自問自答しています。

現在、そしてこれから

兄は中学卒業後は高校(特別支援学校)に進んで、現在は就労継続支援A型事業所で働いています。
兄と会うのも僕が実家に帰ったときだけなので日数に換算するととても少ないです。
親が年老いてからや将来のことなど考えなきゃいけないこともたくさんあるし、心配事もつきません。

きょうだい児が直面する悩み

僕の少年時代から現在に至るまで経験から色々考えてみました。

悩み一覧
・学校で友人から兄が障害者という理由だけで馬鹿にされる
・親が亡くなったあとどうするか
・結婚はどうすりゃいいの?
・将来の自分と家族の生活に対しての不安
・親の介護ときょうだいの世話、両方をしないといけないのか
・親と将来のことやお金のことを話す機会がない
・自分の夢をあきらめなきゃいけないのか

学校で友人から兄が障害者という理由だけで馬鹿にされる

これが人生で一番つらかったです

人生いろいろありましたが親からのプレッシャーとかそんなのよりも学校生活での出来事の方が印象に残っています。

親が亡くなったあとどうするのか?

これはきょうだい児最大の問題じゃないか?

きょうだい児の問題として結婚できるのかがあげられますが
結婚なんて最悪しなくてもいいんです!笑

兄はグループホームに普段はいて週末は両親のいる家に帰ってきてます。
でもずっとそういうわけにはいきません。

心配ごとはつきないです

まとめ

僕はきょうだい児ということをお伝えしました。
兄の存在をなるべく隠そうとしながら生きてきました。

それをやめてみようと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

マレーシア大好き系日本人

1990年10月生まれ。
生まれだけ青森県青森市。
育ちは東京都武蔵野市と岩手県盛岡市。
イチロー選手と身長と体重がほぼ一緒。
知的障害をもつ兄がいる
未経験からITエンジニアになりました。